マメガタ峠 落沢ルート

群馬県下仁田町【2007.04.28】

西上州の山でも比較的登山者の多い、四ッ又山と鹿岳。その間に位置するマメガタ峠。大久保集落側は、この2つの山のおかげで良く整備されているが、対照的に反対側(北側)は、歩く人もなく廃道化が進んでいる。以前、この峠を大久保を起点に大天狗の鞍部から下郷、マメガタ峠へと周回を取ったことがある。その時、沢の分岐で落沢からの道を見たのだった。その時は、なぜか明瞭な道に見えた。その明瞭な道に期待は高まり「今度は落沢からマメガタ峠を越えよう」と、その機会を狙っていた。

私の手元にある国土地理院発行1/25000地形図「荒船山」(平成2年9月1日発行と昭和63年11月30日発行の2つ)には、この落沢ルートの記載がまだ残っている。が、地図からいつ消えても不思議ではない絶滅危惧種である。いつもの峠越え仲間F田さんと2人、ゴールデンウィークの初日に落沢ルートを確かめに行った。はたして道は残っているかどうか。

落沢の採石場
起点は、下仁田道の駅。この界隈であれば、上信電鉄で輪行して帰りに東陽軒というパターンが定着化しつつある。しかし今回は時間を優先して車利用とした。スタート時間は、早い方が良い。連休初日、爽やかな空気の中7時25分スタート。8時15分林道の終点、落沢の集落に着く。山奥の静かな集落を想像していたが、なんとそこには採石場があった。山が豪快に削られている。こんな状況の中、はたして峠道のとりつきを見つけられるのか。

丁度2週間前、この近くの黒滝峠にて山サイ研集中ランが行われた。この時、落沢からの道を辿っての集中をもくろんでいたのだか、単独では道を探すのに時間がかかり集中時刻に間に合わないと考え、このコースは断念した。その判断は正しかった。2週間前に単独で来ていたら、この時点で早々と引き返していただろう。
地形図を見つめ想像力を働かせて、F田さんと探しまわり、約30分後にとりつきを発見。地形図に記載されているルートは、必ずしも正確であるとは限らないが、この場合、ほぼ地形図の通り。もちろん現場は一部削られているが、採石場の東端より杉林の中に道が残っていた。

小さな乗越
8時42分アタック開始。未踏ルートに気合いが入る。こんな時は、不思議と肩に担いだ自転車の重さを感じない。それは身体の一部となるものだ。杉林の中、消えそうな踏み跡を辿っていくと、じきに明るい雑木林になり小さな乗越に出る。標高570m付近。錆びたオイル缶があった。そこからは、はっきりとした道が沢沿いに下っている。10メートルは乗れる!

沢沿いの道を行くと、すぐに沢の出会いに出た。そこは小さな広場のようになっていて、空き缶や薬莢が散乱している。ここが最初の勝負所だ。地形図に記載されている道が正しければ、沢の出会いで南に向かっていた進路を西に90度変えることになる。3つある沢のうち、向かって一番右の沢沿いに行くか?それともまだ直進して沢を詰めるか?広場に自転車を置き、F田さんと手分けをして状況調査開始。私は沢を南に直進してみる。すると杉林の中にきれいな一本道がある。高まる気持ちをおさえつつ進むと炭焼き跡があった。そこから先、道は不明瞭となり沢に消えてしまった。部分的に明瞭だったのは、炭焼のための道だったからか。
協議の結果、ここから進路を西にとることにした。一番右の沢沿いに歩きやすそうな場所を選んで尾根まではい上がった。

実は、この時点で進路を西に取るのは少々早かった。我々が広場と呼んだ所は地形図で599の記載がある付近だったのだ。ここは沢の出会いであり、その先の本来の進路変更地点も沢の出会い。地形が実によく似ている。この時点では、結果として地形図と照らして現在位置を読み切れなかった。冷静に読めば、599付近は等高線の幅が他より若干広いということが現場の状況を示唆してくれる。あるいは、高度計を使っていれば、判断も違っていただろうか?もっとも、こんなことは後でゆっくりと状況を振り返りつつ地形図を見ているから言えることで、実際の現場ではかなり難しい状況であった。

尾根より鹿岳を望む
とにもかくにも我々は尾根に出た。尾根に出ると展望が開ける。展望が開けると初めて自分たちが、今どこにいるかがはっきりする。我々の目の前には鹿岳が見えた。一瞬「あれっ、また予想外の展開になってしまったか」と思ったが、落ち着いて地形図を見ると、それ程はずしてはいないようだ。
尾根に出た途端に携帯電話が鳴った。今までずっと圏外だったのだが、尾根に出るとこんな所でも電波が入る。携帯電話からは、友人のM藤君の声。
「いよ〜、久しぶりぃ。今どこ?」
「今どこって・・こっちがききてーよ(笑)」
「はぁ・・?」
なんという絶妙なタイミングで電話をかけてくる男なのか。さすが我が友人。

尾根で一休みしながらザックの中からGPSを取り出しスイッチを入れる。おごそかに衛星の捕捉が始まりやがて緯度と経度を表示してくれる。北緯36度12分40秒、東経138度44分15秒。現在地のデータを鉛筆でメモする。帰宅後に実際に自分達がいた地点を地形図に落とし込んで検証するためだ。
現在位置が、たちどころにわかってしまうGPSは便利だ。だが、今回のようなコースでは使えない。尾根以外は、木々が邪魔をして衛星の捕捉は、ほとんど不可能。仮に使えたとしてもどうだろう?一番楽しいところでGPSを使ったら、楽しみが半減してしまうではないか。地形図を片手に現場をはいつくばってルートを探す旧道探索、これほど面白いゲームは、そうそうないのである。

尾根沿いに進むと右手に、杉林の中をトラバースする「いかにも」という雰囲気の小径が目に入る。尾根の反対側からも道が上ってきているようだ。もしかしたらこの道が旧道なのか。もしかしなくても、このような道は見逃せない。小径に吸い込まれるようにしばらく進むと、岩場の尾根にブロックされてしまった。立ち止まってこの付近の地形図を見ても、等高線はぐちゃぐちゃ。そこかしこで怪しそうな踏み跡が、現れては消える。F田さん曰く「相沢越よりも難しい」。いやはや難解なルートである。

鞍部手前
岩場を回避して再び尾根に復帰すると木に赤いペンキの目印がある。それも数カ所。なんだか急ににぎやかになってきた。
そこからわずかに進むとなだらかな鞍部に出た。ここが690の鞍部のようだ。11時30分。完璧ではないが、存分に楽しませてもらった。眺めの良い南側の斜面に腰を下ろし、ひとまず乾杯。前半戦の検討を称え合いながら美味いビールを味わった。

鞍部直下は藪
私が登った群馬300山 上巻 (横田昭二著 上毛新聞社発行)の落沢岳の項、134ページ。「ここが690メートルの峠らしいが、南側は木にツルがからみついたやぶが広がり、北側は急斜面で踏み跡は全くない」と記されている。写真は、その690メートルの鞍部から見た南側の状況。
著者が、下郷の集落(宮室バス停)から歩き、落沢岳としれいた山に登った時の記録だ。今回、落沢からマメガタ峠を越える際、実に心強い情報源だった。同書は、著者の横田氏が登った群馬県内の300の山が紹介されている。その中には、西上州界隈の山も数多く含まれている。西上州の詳細な情報が掲載されている書籍は現在入手困難なものが多い中、書店で普通に買えるとは実にありがたいことである。西上州ファンならずとも是非とも購入したい価値ある一冊だ。

さて、この木にツルがからみついた藪をどう回避するか。この付近のどこかにマメガタ峠からの道がついていたはずだが、今はまったくその痕跡は見あたらない。我々は、藪の右側、急な斜面をいつものように自転車を担いで突入して行った。

降りるにつれて柔らかい土がこそげ落ち、その下に隠れていた岩盤が顔を出す。これは滑る。これはまずい!男、四十も後半にさしかかれば、オネーさん方の厚化粧にも少しはだまされないようになる歳ではあるが、山の斜面の厚化粧を見破るには、まだまだ修行が足りなかった。滑る斜面にバランスを崩し泥ともみ合いながらトラバースして、反対側の杉林へと逃げ込んだ。
気が付けば、先ほどまでの晴天はどこかへ行ってしまい、空は分厚い雨雲で覆われている。暗い杉林の中は益々暗くなってくる。それでも人の手の入った石垣が現れるたりすると、天気とは裏腹に気分は明るくなってくる。30分ほどで分岐に出た。石柱があり、一升瓶が散乱している場所である。ここは、2週間前に来たばかりであるが、緑はさらに濃くなり別の場所のようだった。

ここからが問題。
分岐から(落沢側から来た場合は右方向)上流へ沢沿いにわずかに進むと大きな岩があり、そこで沢は二股に分かれる。左の沢を進むとすぐに立派な炭焼きの跡。その脇を通り782方面へ伸びる薄い踏み跡に引き込まれそうになる箇所で、再びコンパスでマメガタ峠方向を確認。左に軌道修正して進むと卵形の巨岩。その辺から左側の尾根にとりつき、何度か尾根をからみながらマメガタ峠へというルートを辿ったのが、最初に訪れた時と先日(2週間前に)来た時だ。しかし峠道としては、どうも腑に落ちない。

「マメガタ峠への道は、落沢ルートの合流地点よりももっと手前かも知れない」
この疑問を解明するために、落沢からの合流地点に自転車を置いて偵察に行くことにした。沢をわずかに下方に辿ると、進行方向右手の尾根向こうの沢と出会う。そこには大きな岩があり、脇の木の枝に赤いテープがつけてあった。よく見ると沢の対岸にも踏み跡があり、そこにもなにやら目印のようなものが。あらためて現場を見れば、下郷から来る杉林の道は、沢の対岸へ続くよう分岐しているではないか。はっきりとした分岐ではあるが、気が付かない時というもはそんなものなのだ。地形図での記載もほぼ現状通りになる。

雨宿り
ついにマメガタ峠への道がパッと開けたかと思ったら、雨が降り出し雷が鳴った。雨は激しさを増すばかりだ。大きな岩のかげにF田さんと腰をおろし、雷雨をやりすごすことにした。まだ日没までにはかなり時間もあるし懸案事項解決で心は晴れ晴れ。アウトドア雑誌に載っているエッセイのように「沢の水をくんでバーナーでお湯をわかしコーヒーを飲む。お茶菓子に羊羹をつまみながら」。なんと余裕の停滞であろうか。

マメガタ峠
1時間後、雨があがり再び戦闘開始。マメガタ峠までは道はほとんどないに等しい状況だが、勝手知ったる3回目。行く手を阻む藪もなんのその。と、調子よく進むが、やはり三つ星級の中では最強の峠。そんなに簡単に行くわけがない。峠まであとわずかの所に来て、雷雨で濡れた急な斜面はずるずると滑る。先ほどの厚化粧よりも手強い。どうやってもどこを行っても滑って進めない。泥だらけになって、もがき苦しみようやく峠にはいずり上がった。

マメガタ峠からは極上の道
頭上の濃い鉛色の空はすっかり消え去り、雨上がりのマメガタ峠は、いつにも増して明るい清々とした空気につつまれていた。午後3時だというのに、まだ陽は高い。8時42分アタック開始から延々と行動を共にしてきた自転車は、すでに泥だらけになりながらも、ここからは再び本来の機能を発揮する。大久保の集落まで、ゆっくりと余韻を味わいならがら峠道を降りていった。