十石峠 北沢ルート調査

サイトマップ
西上州の峠のTOPに戻る

スポンサード・リンク

群馬県多野郡上野村【2006.07.30】

シオジ原生林探索路1/25,000十石峠(昭和48年測量 昭和62年修正測量)の地形図に、十石峠から水ノ戸を過ぎ、矢弓沢林道に入る箇所から萩沢、北沢沿いに幅員1.5m未満の点線が、三岐まで記載されている。

この道は、MTBツーリングガイドブックが発行される1991年以前、十石峠のバリエーションルートとして、一部の篤志家の方々が踏破したと伝え聞いたことがある。 この付近一帯の旧道の状況は、現在と比べれば良好だったにもかかわらず、このルートはかなりの難路だったようで、先駆者の方々を交えての焚き火の席でもほとんど話題に上がることはなかったように記憶している。私の少ない経験の中にも、あえて楽しく積極的に語りたくない山行というものもある。推して知るべしのルートと言えるようだ。

ちなみにMTBツーリングガイドブック[27]十石峠旧道のコース図の中にもこのルートは記されているが、それも途中まで。通り抜け不能の文字が載っている。
また、こんな話もある。哲学者 内山節(たかし)氏のエッセイによると、かつて北沢には炭焼きを生業とする人たちの集落が存在し、毎日大勢の子供たちが(三岐まで)学校に通い、さらにその奥の方には学校に通えない子供たちのために分教場もあったという。しかし昭和30年に、すべての住人が沢をおりて長野方面へ引っ越してしまったとのこと。 深い沢の奥に集落があったのも驚きではあるが、ある年に全員がそこを去ってしまったという事実にも興味が尽きない。

シオジ原生林探索路の看板そんな神秘のベールに包まれたエリアだが、ここ数年状況は一変し、シオジ原生林まで散策路が整備され、広く一般に開かれるようになった。
西上州の旧道が、人知れず廃道化していく中でこのように行政の手で復活するルートも出てくる。さすが21世紀。時代は変わったのだ。 三岐(みつまた)にはこんな立派な案内看板まで設置されている。

何度も書くが、真夏の時期、この界隈の山岳サイクリングはシーズンオフ。 草木が生い茂り森の中は見通しがきかず、行く手を旺盛な夏草が阻んであまり気持ちよくない。それでも、整備された道を「歩く」ならば良いかと、子供たちは夏休みに突入、ようやく梅雨明けした7月最後の日曜日に、次男を連れてシオジ原生林の散策に出かけてみた。

今年の4月にオープンしたしおじの湯の横に車を駐めて、歩き始める。 無粋な砂防ダムを横目に、散策路に入るといきなり沢に行く手を阻まれた。 帰りに出会った写真家はゴム長靴(いわゆるラバーブーツです)を履いて難なく沢を渡って行ったが、行きも帰りも私と息子は靴をぬいで裸足で沢を渡った。わずか10メートル程度の沢を渡るのに、その冷たさに足がしびれる。

道は、沢沿いに一本。歩きにくい(と言うか道がなくなってしまった)ところは、頑丈な鉄パイプで道が造ってあり親子連れでも難なく歩けてしまう。もっとも、滑りやすい箇所や足場の悪い箇所は当然あり、滑り落ちたらかなり危険。それなりに注意が必要だ。

鉄パイプで補われた箇所を歩くたびに、当時このルートをパスハンターを担いで踏破した先輩方はどこをどう通ったのだろうか?当時の状況はどうなっていたのか?気になってしかたがない。現地で実況見分をお願いしたいくらいである。

北沢と萩沢の分岐手前まで歩き、その先の行く手を阻む夏草に息子もめげたようで「とーちゃん、もう帰ろう」の声。ここで無理をして「もう山なんてやだ〜」となっても困るので引き返した。シオジ原生林までは行けなかったが、子供と一緒にのんびり歩いて北沢の雰囲気をつかめただけでも充分に満足であった。

帰りは、しおじの湯で汗を流し、湯上がりにはお約束のソフトクリーム300円、父は足がしびれるくらい冷たいビール!というわけにもいかず果物野菜ジュース130円で至福の時を過ごしたのだった。秋になったら通しで歩いてみたいコースである。

西上州の峠のTOPに戻る

スポンサード・リンク