旧三国峠から空峠へ (3)

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旧三国峠から空峠を越えて上野村の再奥の地、浜平へ【2005.05.14】

幻の空峠を目指して

標高8,000円地点

信濃川上駅 5月第2土曜日、10時01分 信濃川上駅着。
F田さんも私も仕事の都合で、金曜日の夜からは出られず、当日の朝自宅を出ることになった。一番早い設定で信濃川上駅に着くのが10時01分。旧三国峠の集合時間が11時。59分で集合場所まで移動するには、それなりの手段を取らないと間に合わないので、今回は途中までタクシーを利用することにした。
駅には他にもタクシー利用の登山客が何組かいた。都会でタクシーを拾うようなわけにはいかないので、ここでは必ず事前予約が必要だ。

タクシーは、旧三国峠目指して快調に進む。メーターも快調に料金を刻んでいく。さて、どの辺までタクシーで行くか。時間と料金とのせめぎあいの場である。そこそこ標高もかせいだようなので、料金が8,000円になったところで降りることにした。一人4,000円のお支払い。

集合時間まであと25分。
素早く自転車を組み立て、スタート。旧道のとりつき点を探しなら坂道をハイペースで走る。国道から旧道のとりつき点にはこれといった目印はなく、地形図に鉛筆で書き込んだ1本の線だけがたよりである。 いつもなら慎重に確認するのだが、この時は無理矢理「ここが取り付き点に違いない」とばかりに踏み込んでいったのだった。

時間に余裕がない時というのは、だいたいこのようなもので、案の定そこは本来の尾根からひとつ右にずれていた。 当然、あの明瞭な小径はいつまでたっても現れず「ここは違う」と確信したときはすでに集合時間5分前。「え〜い、こうなれば尾根付近まで登ってしまおう」とばかりに自転車を担いで、あたふたと尾根を目指すのだった。
集合時間に少しくらい遅れたからといって、何がどうなる訳ではないのだが、焦る心を抑えているつもりが、まったく逆で、なんだか舞い上がってしまい足下もおぼつかない。落ちている枝に足をひっかけて転ぶは、息は上がるはで、なんとも情けない状況である。
「もしかしたら我々はとんでもない場所に出てしまうのではないだろうか」
「旧三国峠からのスタートが大幅に遅れれば、浜平までの踏破は断念するしかないか」
「コースの下見までしておいて、まさか集合地点に行けずにリタイヤだなんて・・」
「ああ、あと千円つんでおけば、こんなはずでは・・」
思いは勝手に、最悪の方向に突き進む。 それでもなんとか峠の方向を見定め、トラバース気味に左へ進むと、本来辿るはずだった旧道を左下方に見ながらようやく旧三国峠に到着。時刻は11時15分。

すでに10名近くの仲間が集合しており、いつものように盛り上がっていた。
小淵沢で駅寝して小海線始発で来たO根さん、車利用ですでに前夜から現地入りしたご一行様等々、集合場所までのアプローチ方法も様々だ。
峠では、いつものように缶ビールを飲みながらなごやかに、、、に?えっ、こんなコースでもビールかよ!しかもロング缶もいるぞ!(汗)この後のコースの状況を知っていると、さすがにビールは飲む気にはなれないんだけど。 否、事前に状況を知っていたとしてもこの図は変わらないか。恐るべし○サイ○。 F田さんと私は「いつもとは違う」ということで、小海線の車中で早めにビールを飲んでおいた。いかにも五十歩百歩的作戦ではあるが、五十歩の差は大きいはずである。

岩峰を越えて

県境尾根 11時55分。いよいよ浜平へ向けて出発。
峠からほぼ水平に本来の峠道が延びている。それとは別に少し上にも道がついている。2つの道は県境尾根の1796ピークの先で合流している。糟谷氏が「すさまじい倒木帯を越えて」と記述したのは本来の道の方だ。ここは下見の時に歩いてみたが、すでに歩く人もほととんどいないようで、行く手を阻む倒木や錯綜する獣道で難行苦行を強いられるのである。
当日は、本来の旧道ではない方の道(三国山直下を巻く道)に自然に流れていった。旧道にこだわりたい気持ちも大いにあるが、これから先、時間との勝負になってくる。F田さんと私は、多少不本意な気持ちを残しつつ時間を優先したのだった。
はたして林道に出るまで何時間かかるのか。
車利用組は浜平付近に設置したベースキャンプが今日のゴール地点だが、F田さんは浜平から神流川沿いに国道を走り、可能であれば埼玉の自宅まで自走予定。私は塩ノ沢峠直下の湯ノ沢トンネルを抜けて上信電鉄の下仁田駅まで走る予定でいる。
ゴール地点がそれぞれ違うので、各自のペースも異なってくる。F田さんと私は、徐々に集団から抜けだし、先行させてもらった。

日向の休場 浜平分岐まで県境尾根上には大きな岩峰が2つ。山サイ研内では1796ピークの先を第1岩峰、1730ピークを第2岩峰と呼んでいる。第1岩峰は、昔から日向の休場という名称で呼ばれている。その昔、狩りに来た猟師達がここで一休みした場所なのだそうだ。
その日向の休場に、今、数台の自転車が休んでいる。 猟師は鉄砲を、山岳サイクリストは自転車を、どちらも一番大切な道具を肩に担いで移動する。出没エリアと時期も極めて近いものがある(なるべくお会いしたくないのだが)。このような視点で見ると非常に似たような業界であることがよくわかるのである。

岩峰 県境尾根を、自転車を担いでずんずん進む。集団はばらけてはいるが、一体感がある。予想よりもかなり早いペースで進んでいる。先ほどのように集合時間に間に合わず焦りのハイペースとは違う早さであり、気持ちにも余裕がある。この感覚は、ランニングハイのようではないか。チョー気持ちいい!右肩に担いだ自転車はすでに身体の一部になり、岩峰も一歩一歩慎重かつ大胆に、風のように担ぎ上げる。

県境尾根浜平分岐13時01分

林道に復帰「この時間なら櫓峠を越えて自宅まで走れるかも知れない」 集中ランは現地集合現地解散、仲間と集団で走る必要は全くないので、先が長いF田さんには、ここから単独で先行してもらうことにする。
「F田さんご無事で。櫓峠を越えて自宅まで頑張ってね」手を振って見送った。
その次に先の長い私も、全員が到着するのを待たず13時20分、F田さんの後を追い再スタートさせてもらった。
深い深い原生林の中に単独で分け入ると、その幽玄な雰囲気に飲み込まれそうになる。こんな時は、ファイト一発、自転車を担ぎ直し気合いを入れるのであった。

空峠、保安林の標識、ごろごろと足場の悪い斜面を順調にこなしていった。
先ほどと変わらない良いペースだ。私の前後には、同じ目的を持った仲間が同じように移動している。一人になると、さらに繋がりを強く感じるものである。

枯れ沢沿いにかすかに残る旧道を降りていくと、いよいよ神流川源流が目に入ってきた。
林道までもう少しだ。
旧三国峠からここまで自転車での乗車距離は合計約15,000ミリメートル。それ以外は全て担ぎとなる最高の山岳サイクリングを堪能できた。しかし、まだゴールは先だ。
ここからさらに慎重に歩を進め、造林小屋の脇を抜け源流を渡る。
14時48分。無事林道に出ることができた。

それまでの緊張感は開放感に変わり、自転車は肩から地面に降ろされた。
この後のトンネル走行に備え、ライトと尾灯をザックから取り出し、自転車に装着する。ここからは自転車が本来持っている性能をいかんなく発揮して走るのみである。 16時00分、途中、湯ノ沢トンネル入り口で一休みしていると、浜平のベースキャンプからH松さんの運転する車で移動してきたO根さんS庄さんが合流。ここから総勢3名で下仁田まで凱旋走行となった。

下仁田駅東陽軒のビール

浜平ベースキャンプで、川上村にデポした車の回収に向かったI井さんとH松さんの帰りを待つ仲間が焚き火と宴の準備をしている丁度その頃、我々3名は下仁田町にたどり着いた。
後は電車に乗って帰るだけだ。その前に下仁田駅近く、東陽軒のビールである。店に入って早速、生ビールで乾杯し東陽軒自慢の餃子を注文する。餃子をたいらげ、そろそろ2杯目の生ビールに突入しようかと思っている、そんな至福の17時30分、浜平ベースキャンプでは全員集合となり野外で盛大な宴会が始る。
この頃、体力の限界に挑んでいるF田さんはついに櫓峠に到達。がんばれF田さん!もうすぐビールが飲めるぞ!
2杯目のビールがそろそろなくなりそうな18時00分、F田さんもきっと今頃は無事自宅に帰還したに違いないと確信した我々は、これで集中ランは完結したと、喜びの3杯目を注文したのだった。

「限界かなあと思いましたが、何とか櫓峠を越えて18時に自宅にたどり着きましたよ」20時00分、幸福な酔っぱらいになって自宅に着くとほどなく、ほろ酔いのF田さんから電話があった。いやはやお疲れ様でした。

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